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カメラマンや写真家、趣味の写真撮りならば必携の『三脚』 しかし観光地などでも『三脚の使用禁止』『三脚持ち込み禁止』などの張り紙が増えてきました。今回は「果たして三脚の使用は迷惑なのか?」について個人的な戯言を。

あくまで私個人の意見ですので、世の全員に価値観を押し付ける気は毛頭ありません。…が、否定されても批判されても私の考えは変わりませんので、そこもご了承を。

三脚は迷惑?

三脚

一概に『三脚の使用』といっても、用途は様々。

スタジオカメラマンなどは好きに使えば良い話ですし、上の写真のように記者会見でのメディア関係者なども存分に使って互いに熾烈な争いを繰り広げるが良いでしょう。

今回垂れ流したいのは…

公共の場での三脚使用

についてです。

もちろん冒頭に書いたように『三脚の使用が制限』されている場所で使うのは論外。言ってもわからん輩はどの世界にもいますが、カメラ界隈にもかなり多くいますので。

具体的に言えば、三脚の使用が制限されていない観光地や、夕日スポット、夜景スポットなどについてです。基本、風景撮影に関してですな。ポートレート撮影も除外します。あれはまた別の話になるので。

私も放浪フォトグラファーなので、かなりの頻度で三脚使いに遭遇します。

最初に結論から言ってしまいますが、あくまで私個人の意見としては、

三脚を使う写真撮りはウザい。

と思っています。

もちろん全ての三脚使用者がウザいというわけではありませんので、詳しくは事項にて。

なぜ三脚は迷惑?

撮影スポットに赴き、ベストポジションに三脚を据える。

それは別にかまわないのです。三脚を使おうと一脚を使おうと手持ちだろうと、本人がやりたいようにやれば良いのですよ。

ただし、自分一人しかいない状況、もしくは周囲に全く影響を与えない状況、だったらの話です。

三脚って『さぁ今からここで、そっちに向かって写真を撮りますよ!!』と周囲にアピールしているも同然の道具じゃないですか。

こちらが撮影している後ろでドーンと三脚を据え、カメラを乗せ、私がいなくなるのを腕組みしながら待っているオッサン・・・それで伸び伸びと撮影ができると思います?

撮影は譲り合い。それは重々承知しております。別に「俺が撮っている場所に来るな」と言いたいのではありません。

しかし自分がいる方向に向かって三脚を据えて待たれたら、「あー、どけなきゃな…」って気になるじゃないですか。酷いヤツになると露骨に迷惑そうな顔しますし。

一般の観光客の方だって、三脚を据えられたら前を通るのを躊躇する場合があるでしょう。

三脚は本人が思っている以上に、周囲にプレッシャーを与える道具なんです。

そんなの気にしないでガンガン目の前を通っていく観光客の方もいますが、私はそれでいいと思います。

三脚の目の前で止まり、カメラにケツ向けていつまでも桜をスマホで撮影している人、素晴らしい。いいんですよ、それで。

カメラ持ちは周囲に迷惑をかけず、撮れるタイミングを伺って撮るのが常識。それであーだこーだ言うのは程度の低いクズカメラマンです。

そもそも三脚が必要か?

というか私は常々、どこに行くにもデカい三脚抱えて歩き回っている写真撮りに対し思っているのですよ。

おまえ、それ三脚が必要な撮影か?

…と。

とにかく三脚、なにはなくとも三脚、夕日も花も風景も、ぜーんぶ三脚。そいういう写真撮りの人、いるじゃないですか。

フィルムカメラならばまだしも、手振れ補正が飛躍的に進化しているこの時代、そこまで常に三脚を使用する必要ってあります?

私は長秒露光(スローシャッター)以外で三脚を使う事、ほぼありません。

長秒にしても、1秒程度ならば手持ちで撮影します。さすがに2秒になるとどこか身体を預けて固定する場所が欲しくなりますが、それでも三脚を使わずに撮影できるならば使いません。

望遠は三脚必須!と思うかもしれませんが、周囲が明るい状況であれば300mmくらいまでは手持ちで余裕です。もちろん拡大してもブレはありません。

しかし

「手振れ補正に頼っていると撮影の腕が上がらない」

といった事を言う原始人がいるのですよ。挙句の果てに「手振れ補正を切って撮影すると、撮影姿勢などの練習になりますよ」とまで。

あんた、それはもう鉄器が開発された時代に

「刀に頼っていると的確に殴る技術が上がらない。棍棒を使って戦えば上達する」

と言っているようなものですよ。

これから先、手振れ補正のないデジタルカメラなど特殊用途の機種を除いて出てきません。なぜ進歩していく技術を否定し、原始人のような無意味な鍛錬を他人に強いるのですか。

そんな練習をするくらいならば、手振れ補正を最大限に活用して『ある程度のスローシャッターでも手持ちで撮影できる技術』を磨いたほうがよほど将来性があるじゃないですか。

「適切に、なおかつ微妙なフレーミングのために三脚は必須」

と言うならば、手持ちで適切かつ微妙なフレーミングをできるようになりなさいよ。

古い常識に固執し、新しい技術を使いこなす腕を磨かず、それをさも『写真撮りの常識』のように言うのはやめなさい、と思うのです。

ここらへんはオートモードなどと同じで、なぜかカメラ界隈って新しい技術を否定し、見下す輩が多いんですよね・・・。たいてい年寄りですけど。

三脚の使いどころを考えよう

一部の心無い写真撮りが原因ではありますが、確実に社会は『三脚は迷惑だ』の方向に動いています。

経験上、自分勝手な撮影をしたり、わけのわからん持論を展開したりするのはいわゆる『ハイアマチュア』と呼ばれる域の方達ばかり。ぶっちゃけた言い方をしてしまえば、『写真撮影というものを勘違いしている素人(に毛が生えた人)』がほとんどだったりします。

こればかりは仕方ない事ではありますが、そういう輩と同じ目で見られると仕事がしづらくて仕方がない。まぁプロにも勘違いしているアホはたくさんいますけど(笑)

とりあえず私個人としての提言は

なんでもかんでも三脚を使う撮影、もうやめませんか?

ついでに言えば

三脚設置=場所取り、と考えるのもやめにしましょうよ

です。

冒頭でも書きましたが、一部の特化した撮影スタイルの人間を除き、三脚は必須です。三脚が無くなってしまったら多くの写真撮りは困ります。

世の中には『変えるべきもの』『変えるべきでないもの』があることも承知しています。

ただ、写真撮影という仕事や趣味の将来のために、これまでのような三脚の使用は変えていくべきだと思いますし、技術がそれを後押ししてくれている事に目を向けたほうが良いのでは・・・と思うわけです。